こんにちは忍です。
タイトル通りなのですが、唎酒師への道第二段は、平安時代~江戸時代までの日本酒について解説します。
戦国時代から江戸時代までの酒の流れとは?どのような事が起こったのか?確認していきます。
今回の記事の内容
1.平安時代〜戦国時代の酒について確認する
僧坊酒とは
僧坊酒の台頭に関する記述
僧坊酒(そぼうしゅ)の代表的な2つの酒を覚えましょう
1、天野酒(あまのさけ)・・・大阪府の河内長野市の天野山金剛寺(あまのさんこんごうじ)でつくられれた酒
2、菩提泉(ぼだいせん)・・・奈良県奈良市で造られた酒
平安時代の中期に延喜式(えんぎしき)と呼ばれる
法律などが記されている書物に記されたさまざまな酒造りの製造方法
・貴醸酒の原型となった『しおり』があった
・10種類の製造方法が記されていた
・『燗』に関する記述があった
諸白(もろはく)と片白(かたはく)の違いについて
・諸白(もろはく)・・・麹米、掛け米ともに精白米を使用した製造方法
・片白(かたはく)・・・麹米は玄米、掛け米は精白米を使用した製造方法
般若湯(はんにゃとう)の意味とは
酒を薬として少量飲む分には良い、決して酒として飲むんじゃないよ! という意味です。
結構、重要な箇所なので覚えておいて損はないと思います。
戦国時代の商業と酒
このころ京都で有名だった酒蔵が下記の2つです。
柳酒屋(やなぎさかや)
梅酒屋(うめさかや)
現在のように何万石もなく、三石(540L)程度だったようです。
確認すべき年表は以下の2つ
この年代には2つ確認しておく年表があります。
・建長4年(1252年)に沽酒の禁(こしゅのきん)が発令。甕を一つ残して後は壊された。
・応永32年(1425)に京都を中心に342件酒造りが発達する。
酒造りとともに「金融業」としての側面も造り酒屋として力を蓄えながら経営していた背景があった事も覚えておくと、なお良いです。これを土倉(どそう)といいます。
また、室町幕府時代から酒税を開始します。
もちろん、有力な財源確保のためですね。
これは現在も脈々と続いています。
各地区の酒の名前を確認する
僧坊酒として発展していった結果、以下のような酒が次々と誕生していきます。
奈良県
・山樽(やまだる)
・多武峰酒(とうみねのさけ)
越前
・豊原酒(ほうげんしゅ)
近江
・百済寺酒(ひゃくさいじざけ)
河内
・観音寺酒(かんのんじざけ)
全国各地で誕生した『地酒』一覧
県名で覚えるのではなく、「県の地区と地酒の名前が一致すると覚えやすくなります。
兵庫県 西宮
・旨酒(うまさけ)
大阪府 界
・界酒(さかいさけ)
石川県 加賀
・菊酒(きくざけ)
静岡県 伊豆
・江川酒(えがわ酒)
河内
・平野酒(ひらのさけ)
戦国時代に書いた日記から酒の製造方法を読み取る
2つの’日記’を確認する
1.【御酒の日記】(ごしゅのにっき)・・・今では酒造りの工程の基本として残っている「乳酸発酵を応用」「木炭濾過」について記述があった書物の名前です。 2.【多聞院日記】(たもんいんにっき)・・・加熱殺菌を意味する「火入れ」、日本酒の製造方法に関する技術「段仕込み」について記述があった書物の名前です。
③ 酒造り(地酒)の広がりと焼酎が伝来された時期の確認
時代が進むにつれて、僧坊酒よりも地酒が広まっていきました。
地酒が広まった背景には寺院勢力が衰退したからです。
織田信長→楽市楽座→全国への広がりを見せる
上記の流れを覚えておくと良いです。
「楽市楽座」時代に起こった酒造りの変化
⑴『伊丹酒』(いたみさけ)として評判になった
その理由は3つあります。
・諸白(もろはく)を改良した
・高品質に製造できるようになった
・大量生産できるようになった
⑵諸白を改良した4つの酒蔵を覚えましょう。
・伊丹(いたみ)
・池田(いけだ)
・鴻池(こうのいけ)
・武庫川(むこがわ)
⑶江戸時代に伊丹酒(いたみさけ)を輸送した船の名前は2つあります。
・菱垣廻船(ひがきかいせん)
・樽廻船(たるかいせん)
ポイント:伊丹酒(いたみさけ)は幕府の官用酒として手厚い保護を受けていた事です。
回船=輸送船と捉えましょう。
焼酎はキリスト教・鉄砲が伝来された時期
現在の沖縄や南九州でこの頃から造り始まったとされています。
つまり、焼酎造りが始まったのは戦国時代ということになります。
また、フランシスコ・ザビエルがワインを初めて献上したとされています。
日本酒の基礎が出来た時代を確認する~江戸時代~
⑴ 江戸時代の酒造りについて確認
寒造り(かんづくり)の種類
5つ当てはまります。
・新酒(しんしゅ)
・間酒(あいしゅ)
・寒前酒(かんまえしゅ)
・寒酒(かんしゅ)
・春酒(はるさけ)
上記の5つは四季を通じて造られていました。現代でいうところの四季醸造です。
ではなぜ冬の間だけの醸造になったのか?
・寒い環境が最適だったため ・農民の手が空く季節だったため(労働力の確保) ・冬以外の製造が禁止されたため
上記の理由を覚えておくと良いでしょう。
Q.19世紀後半、パスツールが開発した「殺菌法」と日本酒の「火入れ」はどちらが先か
正解は日本の火入れが300年も早く発見していた、です。
フランスの科学者「ルイ・パスツール」が瓶を60度にまで温度を高めて殺菌する方法開発したが、
江戸時代から火入れは一般化していました。
江戸時代になって変化した酒造り
以下の5つを覚えましょう。
・原料を3回に分けてタンクに入れる「三段仕込み」が採用されている(完全発酵させるため)
・焼酎(高アルコール)を添加する「柱焼酎」が始まる。
(もろみが腐らないよう、アルコールを高めるために添加する。
現在の醸造アルコールの原型となっている)
・どぶろくよりも澄んだ酒が好まれるようになり、一般化する。
・木灰を入れて濾過(ろか)する方法が一般化する。
もはや現代の酒造りと同じ内容となっていることが分かります。
⑵杜氏制度のしくみや水のあり方について確認
杜氏制度のしくみについて
下記は江戸時代の蔵人の役割についてです。
唎酒師のテストで、主な役割の穴埋め問題があった場合、すぐ答えられるように「各酒造りの役割の仕事について」覚えておきましょう。
杜氏・・蔵の管理,監督,醪の仕込みと管理
三役・・頭、大師または麹師、酛廻し
道具廻し・・酒造用具の管理一般、道具洗浄 など、
釜谷・・甑(こしき)蒸し、釜の焚き付け、米洗い など
相麹・・麹師の助手
相釜・・釜谷の助手
追い廻し・・上人、中人、下人、飯炊(ままたき)
覚えるべきは「杜氏」と「三役」の仕事についてです
三役の仕事の役割
・頭(かしら)・・杜氏からの指令、伝達、蔵人の指揮、仕込み・水汲み、醪の仕込み
・大師(だいし)または麹師(こうじし)・・麹用蒸米の取り組み、麹室の仕事全部担当する
・酛廻し、酛師・・全ての酛立ての仕事、醪仕込み
覚えるのが少し難しいと思いますが、この役割をきちんと覚えることで、現代の酒造りの役割との違いが見えてきます。
酒造りに興味があり、もし蔵見学にいくとき、現在どのような方が上記のような役割を果たしているのかを見てみましょう。
現在では様々な雇用形態があるので色々と勉強になって面白いですよ^^
水が命!灘の宮水とは
正確に言うと
「西宮神社、東南部の約500m四方から採取された水」の事です。
灘の宮水の特徴とは
・鉄分が非常に少ない
・カリウム・リンを適度に含んでいる
そこから、兵庫県の酒は「灘の生一本」(なだのきいっぽん)と呼ばれて人気になりました。
また、仕込み水の量を増やし、淡麗辛口仕上げの
【灘の十水(とみず)】という製造方法があります。
下記の日本酒は山形県で造られています「十水製法仕込みの 大山」がおすすめです。
⑶ 商業へと発展していった酒問屋について
以下の問屋名を覚えましょう。
ざっくり説明すると
下り酒問屋・・・江戸に誕生した酒専門の問屋。主に灘から酒を卸していた。
地廻り酒問屋・・・江戸に誕生した酒専門の問屋。関東を中心に製造された酒を卸していた。
酒株制度導入の年数を把握しましょう
商業の発展によって1657年(明暦3年)酒株制度導入。
酒株制度によって酒株を持たなければ酒が造れなくしました。(製造免許制度)
江戸時代は総勢2万7251件、製造石高が91万9839と記されていた事から、日本酒の製造が活発化していました。
今回は以上になります。
時代の移り変わりにより、どのような酒が台頭してきたのか流れをつかむことができれば、各時代の酒の特徴をつかむことが出来るようになります。
また、年表は確実に把握しましょう。
そして、室町時代からは酒の大量生産が可能になった事を踏まえて、江戸時代の酒造りと比較してみましょう。
江戸時代から始まった技法や、蔵人の役割、そして問屋の仕組みを覚えると良いです。
次回は近代の歴史にはいります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
中畠忍